オルタナティブスクールというのは、今の一般的な学校とは違った、風変わりな学校の総称だと思っています。
日本語に直訳すると『別の選択肢スクール』みたいな意味です。
普通の学校にはない、色んな特色を打ち出している学校はみんなオルタナティブスクールです。
そしてその多くは一般的な学校の教育方針に疑問を持ち、自分達はもっと別の価値観に立脚して教育をしたい!という熱い想いからスタートしていると思ってます。
僕達も例外ではありません。
特に僕なんかは一般教育に対してめちゃくちゃ沢山疑問を持っています。
疑問と言うと少しマイルドに言い過ぎかもしれません。正直に言うともっと強烈なものです。憤り、というのが一番合っているかもです。
現場の先生方が作り出しているものが悪いのではないのです。
文部科学省が行なっている指導に致命的な問題が多すぎるんです!
今日はその中の一つを挙げたいと思います。
『求める子ども像が前時代的!』
「大人しく授業を受けて」「大人のように聞き分けが良くて」「どんどん増大する負荷に耐えられて」「与えられた課題に真剣に取り組む素直な子」「問題行動は起こさず」「集団行動が出来て」「自分の意見を主張するより周りの空気が読めて」「大人の学んで欲しい事を学んでくれる子」
こんな子ども像を今でも求めてる気がしませんか?
学習指導要領の中で「主体性」や「生きる力」を重要視していくことになってからもう20年が経ちます。
とても素晴らしい方針転換が行われたと思うのですが、いざ、それを現場で実践しようと思っても「総合的な学習の時間」が設けられたり、「個に応じた指導」を理念的に唱えるだけでは何も変えられないのが現実だと思います。
「文科省は本気で変える気があるのか!!💢」
というのが現場の先生方の正直な気持ちだと思います。
主体性を伸ばす授業をしたいと思ったらどうしても様々な回り道をしなくちゃいけません。
主体性というのは子どもが自分の意思に従って動いてみて、その結果を何度も繰り返し受け止めて、より上手く行く方法を見つけ出していくというとても時間のかかる作業が絶対に必要ですよね。
教科のノルマ量を一切減らさずに達成できる目標ではないはずです。
単元を減らすとか、一つ一つにかける時間を減らすということをしないと到底叶わない事ですよね。
でもそこまで踏み込めないという意味で、文部科学省は本気になれてない、と感じる訳です。
「生きる力」を身につけるというのもそうです。
例えば、薪に火をつけるという技術は人間の進化において欠かせない「生きる力」だと思いますが、それを身につける為には実践がどうしても必要です。
でもそういう事を教育指導要領で取り上げないですよね。
取り上げようと思ったらその分何かを削らないといけないからです。
小屋の作り方も魚の獲り方も、様々な危機管理能力も、喧嘩にならない上手な議論の仕方も、「学力をつける」という従来の知育重視の中でなおざりにされます。
そういう事を子どもに学ばせてあげたいと思ったらやっぱりオルタナティブスクールが必要になってくると僕は思うんです。
自然の中で楽しく豊かに生きる為に必要な力を全部バランスよく身につけていける学校。
都市生活だけを想定していない、という点では一つ大きな特色があると思います。
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